* シリコンV(6)ビジネスを走らせる [起業について]

Posted on June 8th, 2009 by tomoya. Filed under 思った, 行った.


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アラン・ラッドリッジは、背が高く目鼻立ちのはっきりした青年だった。
大きな声で笑い話すさまは快活そのもので、少年っぽい表情を見せた。
しかし、一度人が話始めたとき、瞬時に相手の表情から睨みつけるような眼を見せた。
なにかを読み取ろうとしているのだ。
その眼光の強さが、彼の特徴をずいぶんよく表しているように思う。

3月25日、サンフランシスコ市内にあるタイ・レストラン。
フロアの角の長テーブル2つを貸し切って、パーティは行われた。
集まる人たちは、みな若くして会社を立ち上げた経験のある(あるいは立ち上げ真っ最中の)IT系起業家たち。
Posterous
というサービスの創業者であるGarry Tanが取りまとめてくれて行われた。
パーティーの告知サイトには、「Drinking with Japanese Enterpreneurs」。

いやいやいやー、まだビジネス立ち上げたことなんてないですから!とは思いつつ。

彼らは非常に饒舌だった。
彼らのビジネスについて話を聞こうとすると、概略・これまでの経緯・現状・これからの展望をじっくりゆっくりと話してくれる。

まるで隠すことなんて何もないかのように、

「いやあ、ユーザ数はだいたい○○万くらいだよ」
— 開発者の数は?
「ぼくを入れて3人」
— マーケティングは?
「それはこれからの課題。今のチームにはそれをできる人がいない」

などなど。
もちろんぼくからも伝える。

3で述べた「エンジニア」タグを自分にペタリと貼って。

SlinksetのJohn&Brett、MightyQuizのKelly、JamLegendのAndrew…
みんなそれぞれが輝かしいのだが、とりわけぼくの印象に残ったのがアランだった。
経歴もすごい。
高校の頃から起業を経験し、今まで関わった会社の数は6、7社に上る。
うち一つは、iLikeに売却。
今は、PictureSurfという会社を動かしている。(最近Navifyというサービスをローンチしたようです。[参考]TechCrunchの紹介記事
とは別に昼の仕事も兼ねていることもある。超有名コンサルティングファームBCGの経営コンサルタントだったこともあるようだ。
本人曰くソフトウェア以外の業界が見たくて志望したのだそうだが、他に人がいないために、結局ソフトウェア業界の担当になったそうである。

ちなみにそんな彼の経歴は、LinkedInというサイトで惜しげもなく公開されている。
まだまだ日本では、ためらいを覚える人は多いだろうが、個人の学歴・キャリアの履歴は、いまや、世界の多くの人は、あらたなチャンスを求めるために、包み隠さずネット上にのせている。
toyo213さんから聞いた話だけれど、VCから出資を受ける上でも、LinkedInでの内容が重視されるらしく、LinkedIn上で何人のコネクションを持っているか、何件の推薦を得ているかが条件に入っていることもあるようだ。
いずれに、日本の就職業界にもLinkedInのような波は押し寄せるだろう。

ところで、アランのとって、起業すること、ビジネスを走らせるということは、なんなのか?

ぼくが知っているビジネスマンとは、日本のサラリーマンであり、ビジネスマンというよりは、使い勝手のいい何でも屋。
ぼくが知っている経営者とは、とある一業種にがんじがらめにしばれられて、銀行と信用金庫に頭の上がらないおじさん社長。
ぼくが知っている起業家とは、起業家とはWebサイトを一人で作って、個人の楽しみであるかのように運営する人。

そのどれにも、あてはまらない24歳が目の前にいた。
いやでも、頭をフル回転させて、彼の思考をたどりたくなる。

ぼくから見るに、ビジネスが彼らにとって、最大級の自己表現になっているようだ。
自分の人生のある一時期を切り取って、全身全霊を込めて磨き、表現する。
ビジネスとは、金儲けをすることではない。経済という人間の活動を健全に機能させるために、金の循環を生み出すことであり、その循環の原動力となっているのが、起業家たちだ。
いつの時代も、若くて野心的で、かつ才能にあふれた彼らの情熱と体力が、経済活動の潤滑油として、バイタルなのだ。
少なくとも、シリコンバレーという場ではそうだ。遠く東の声は届かない。

シリコンバレーはシリコンバレーのやり方で世界を回している。
それも、信じられないほど革命的なことを、信じられないほどのスピードで、信じられないほどの規模で。

ぼくがあらためて言葉にする必要もないのだけれど、シリコンバレーの企業群がこの20年で起こした成果は、あまりにすごい。
影響が大きすぎて、それ以前の世界を思い出すことがほとんどできなくなっている。

彼らのおかげで、ぼくらは家で寝ころんでいるだけで、アレクサンドリアの図書館よりも圧倒的に多い情報をほぼ無料で得ることができ、10年以上音信不通だった懐かしい同級生たちとオンラインでSNSを作ることができ、さらには、やる気と適応能力さえあれば、絵でも音楽でも小説でもコードでもなんでも、自分の作り出した作品を、何十億というオーディエンスに対して発表できるようになった。

1980年生まれのぼくとしては、携帯電話もインターネットもなく18歳までを過ごした。
夜に女の子の家に電話をかけて父親が応答したときの衝撃は、しっかり体で覚えている。
コードレスが家に導入されていたのは幸いであったが、そうでなければ、居間で家族の前で女の子と話すというウルトラCを演じる必要があったのかと思うと、さすがにぞっとする。
本当に10年前までは中高生はみんなラブレターや体育館裏というアナログなツールを使って愛を告白していたのだ。
今はきっと違うだろう。メールで「好きかも」なんて送りあってるのかな。

話がずれている。
ビジネス観の話だ。
アランは言った、「アイデアを持って、挑戦すればいい」
「でも、怖い。うまくいくかわからない」とぼく。
「だから、やるんだよ。失敗だっていい経験になる」
人生を賭して挑戦することへ怖れを口にしている臆病なぼくに対して、アランはここで、アイデアがあれば即ビジネスになると言っているのだ。

これは実は相当革新的な発想だと思う。
日本にいて、あなたのスーパーなアイデアを携えて、銀行まわりをしてみればわかる(事情を人から聞くばかりで、実際にぼくはしたことないけれど…へたれです、ごめんなさい)。
たいてい、門前払いになるだろう。
アイデアだけではビジネスにはならないのが常識だったからだ。
資金・経験・出自・家柄、すべてが加味されないと、出資すらままならない。
せっかくいいアイデアを持っていても行動する人は少なく、行動した人がいたとしても出資を受けるチャンスは少ない。
スタートラインにすらなかなか立てないというわけだ。
それにくらべて、シリコンバレー近辺では、とにかく新奇なアイデアを求めている人が多く、またそこに多額のお金を出資したいと考えている奇人が多い。
そして、その価値観に爪の先まで魅せられてしまった。

リスクを追いながらも、派手に「やってのけてしまう」という点でサーカスのようであり、
何もないところからはじまって、突然シルクハットから鳩を取り出すように新しい価値観を取り出してみせるという点でマジックのようである。

曲芸師が体を張って技を披露するように、起業家もやはり体を張って、新しい価値観・新しいサービスを走らせる。
共通の思いはあっと驚かせること!そして、この世界をもっと楽しい場所にすること。

シリコンバレー滞在中、ビジネスについては、曽我弘さんからも面白い話をうかがうことができた。
曽我弘さんについては、JTPAで行われたインタビュー記事が詳しい。
略歴を紹介させていただくと、

1935年生まれ。新日鐵にて長く勤められた後、55歳にて渡米を決意。起業を画策するが、扱う製品の権利関係などで新日鐵や日本メーカーとのやりとりの中で立ち消えになる。曽我さんはそこで諦めることなく、1996年61歳の時に、DVDオーサリング機器という当時の先端を行く技術でビジネスをはじめる。Disneyなどの大手コンテンツプロバイダ(DVDを作って売る人たち)をクライアントに持つようになり、後に、Steve Jobsと直接交渉の末、Appleに売却することになる。その後も起業を繰り返されていて、着メロの会社やDNA解析機を扱う会社などを起こす。いずれもすでに事業はたたんでいるが、さらに今年に入って、次の新しい会社をはじめられている

というものすごい方なのである。

曽我さんのお宅の、光の気持ちよく差し込むリビングにおじゃまして、話を聞いた。
曽我さんは、日本のサラリーマン時代から、シリコンバレーでの起業までの経験をつぶさに話してくれた。

途中将棋の話が出て、ちょうど梅田さんの新しい本も出ているだし、あいまいな記憶ながら引用しておくと、

将棋の名人のように、何歩も先の読める人の場合、「あ、自分はもう負ける」と気づいてしまい、そこで勝負を投げ出すことがある。
しかし、ぼくは、そこでは投げ出さない。
王が実際に相手の手に渡るまでは王手ではないのだから。
それに、相手とて、どこか一手でもポカをやらかすかもしれない。
何が起こるのかわからないときは、何かが起こるまであきらめない。

ただし、

負け戦とわかったときに、それに固執するばかりが能ではない。
あ、負けだとわかったときには、先に(事業を)たたむことも大切。
手を引く潮時を逃さないこと

また、曽我さんは昨年までバイオ・ベンチャーのサポートをされていたそうで、大量のバイオ系の文献を読みあさったそう。
DNAなどの話を織り交ぜて、若きぼくらにこんなことを伝えてくれました。

  1. 人間はちょっとやそっとでは死なない。そして、死なない限りは、チャレンジするチャンスがあるわけだから、何度でも本気でチャレンジすればよい
  2. 常に新しいことをはじめて、ちゃんと頭を使うこと。そして、それを楽しみ、快感に思えること
  3. 人間には、自分の知らない、誰ともちがうその人固有のすばらしい能力がある。それはDNAが語っている。その能力を信じて、自分に自信を持つこと

最後に、ぼくがもっとも気に入った言葉がひとつ。

「人間は自分で自分(の人生)を決められる。これはすごいだよ」

夕方の6時半。日の長いシリコンバレーの太陽が傾きはじめた頃まで、胸を熱くしながら、曽我さんの話に浸っていた。

まずは、自分の芸を磨いてみんなをあっと驚かせるようなパフォーマンスを出せるようになること。
そして、正しいチームを組織し、新しい価値観を提供するプロダクトを仕立て、そして、あくなき情熱を持って世界に広めること。
それがぼくにとってのビジネスだ。

車のハンドルを握りしめて、そんなことを考えながら、ホテルへと戻ったのでした。

(写真の牛は、La Jollaダウンタウンにある彫刻。ヘンな牛を売れよと説いたビジネス書、セス・ゴーディンの「紫の牛」にちなんで)

目次

  1. はじめに
  2. 二度目のサンディエゴの空
  3. 会社組織を覗き込んだらそこは闇だった、シリコンバレーにはなにかあると思った [SVC参加について]
  4. エンジニアですか、それ以外のなにかですか? [自己紹介について]
  5. 声をあげよ! [コミュニケーションについて]
  6. ビジネスを走らせる [起業について]
  7. たとえリーダーはいなくとも [仲間について]
  8. 風向きは変わった。さあ、どうする? [時代について]
  9. 種をまく – 消えることのないもの
  10. 旅行記

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